暗号資産市場は冷え切っている――。少なくとも、実際にビットコインなどを売買する「現物市場」だけを見れば、そう表現するほかない。
ところが、その裏側では異様なほど巨額のマネーが動いていた。
世界最大の中央集権型暗号資産取引所(CEX)であるバイナンスの先物取引高が、2026年6月に約1兆6100億ドル、日本円にして約261兆4640億円へと膨れ上がったのである。
これは2026年に入ってからの最高額だ。暗号資産分析会社クリプトクオントのアナリスト、マールテン・レグターショット氏が明らかにした。同氏は「マートゥン」の名で情報発信している。「意外に感じるかもしれない」
マートゥン氏はこう指摘する。
それもそのはずだ。ビットコイン価格はいまだ6万5000ドル前後、約1056万円の水準をうろついている。市場参加者の間では、依然として「弱気相場だ」と警戒する声が少なくない。
それにもかかわらず、バイナンスの先物市場だけは猛烈な勢いで息を吹き返した。数カ月にわたる低迷と、CEX全体で続いていた先物取引高の減少傾向を、一気にひっくり返した格好だ。
バイナンス先物、わずか1カ月で80%増
バイナンスの6月の先物取引高は約1兆6100億ドル、約261兆4640億円だった。
5月の8930億ドル、約145兆232億円から、わずか1カ月で80%も増加した計算になる。
ライバル取引所を見ても、その差は歴然としている。
OKXの6月の先物取引高は6090億ドル、約98兆9016億円。前月比では9%増加した。
バイビットは4340億ドル、約70兆4816億円で、前月比18%増だった。
いずれも5月を上回ったものの、バイナンスの約261兆円という取引高には遠く及ばない。
3社の先物取引がこれほどの水準に達したのは、2026年1月以来だ。
当時の取引高は、バイナンスが約1兆5000億ドル、約243兆6000億円。OKXが6670億ドル、約108兆3208億円。バイビットが5020億ドル、約81兆5248億円だった。
市場全体は3四半期連続の縮小
ただし、バイナンスの“独り勝ち”だけを見て、暗号資産市場全体が復活したと判断するのは早計だ。
2026年第2四半期、CEX全体の先物取引高は15兆7000億ドル、約2549兆6800億円だった。
第1四半期の17兆6000億ドル、約2858兆2400億円から11%減少し、これで3四半期連続のマイナスとなった。
もっとも、減少のスピード自体は鈍化している。
第1四半期には、2025年第4四半期から31%も落ち込んでいた。これに対し、第2四半期の下落率は11%にとどまった。
そんな市場環境でも、バイナンスは先物取引市場で約28%のシェアを握り、首位を守った。
現物市場は「2年ぶり最低」の惨状
より深刻なのが現物市場だ。
2026年第2四半期のCEX現物取引高は3兆ドル、約487兆2000億円にまで減少した。
第1四半期から18.9%減少し、四半期ベースでは過去2年間で最低の水準となった。
バイナンスは現物市場でも最大手の座を維持したものの、四半期取引高は7310億ドル、約118兆7144億円だった。
しかも、市場シェアは27%から24%へと低下している。
つまり、実際に暗号資産を購入して保有する現物取引は縮小する一方、レバレッジをかけて値動きに賭ける先物取引だけが膨張しているのだ。
投資家が暗号資産そのものを買い集めているというより、上がるか下がるかを巡る“賭場”に資金が集中している――。現在の市場構造は、そう見ることもできる。
欧州規制「MiCA」が新たな試金石に
バイナンスの先物取引が急増したのは、欧州連合(EU)の暗号資産市場規制「MiCA」の移行期間が終了する直前だった。
7月以降の取引データは、規制環境の変化がバイナンスの欧州事業にどれほど影響を与えたのかを占う材料となる。
バイナンスは6月下旬、ギリシャで進めていた暗号資産事業者ライセンスの申請を取り下げた。MiCAの枠組みが7月1日に次の段階へ入る、わずか数日前のことだった。
しかし、少なくとも出足を見る限り、先物取引の勢いは衰えていない。
クリプトクオントの集計によると、バイナンスは7月最初の10日間だけで、4180億ドル、約67兆8832億円の先物取引高を記録した。
現物市場が2年ぶりの低水準に沈む一方で、先物市場には数百兆円ものマネーが流れ込む。
暗号資産市場は本当に回復へ向かっているのか。それとも、膨れ上がった投機取引が一時的な活況を演出しているだけなのか。
バイナンスの先物市場は今、その答えを探る巨大な実験場となっている。


